英語で出逢う
新しいわたし

英語コーチング Dream Catcher

About

今度こそ英語を自分のものにする。
伴走者がいれば挫けない。

ドリームキャッチャーのイラスト

あなたは英語が話せるようになったら何がしたいですか?
「いつか英語を話せるようになりたい」そう思っていませんか?

しかし実際に行動しようにも、学習法などで迷ってしまい、英語学習のスタートを切ることができずにいませんか?

英語を話せるようになったら、確実に世界は広がり、人生をより豊かにすることができます。 私は英語を話す夢を叶える手助けができればと願い、英語コーチング・ドリームキャッチャーを立ち上げました。

ドリームキャッチャーは北米、アメリカ・インディアン(ネイティヴ・アメリカン)のお守りです。 枕元に飾り、「悪夢は網目に引っかかったまま夜明けと共に消え去り、良い夢だけが網目から羽を伝わって降りてきて眠っている人のもとに入る」と言い伝えられています。

あなたが夢を捕まえることができるように、私は共に走る伴走者でありたい。そう願い英語コーチングを日々行っています。

斎藤宏一

Profile

斎藤宏一近影

斎藤宏一
(さいとうこういち)

1974年、大阪府大阪市生まれ。中学時代に洋画、洋楽に目覚め英語が好きになる。学生時代、師匠松木正に連れられ渡米、サウスダコタ州にてアメリカインディアン、ラコタ族の居留地に滞在。1人のインディアンと心の家族となる。

その後、ラコタ族の最も過酷なセレモニー、サンダンスでファイヤーキーパー(火の番人)を務め、日本でも各種セレモニーでファイヤキーパーを続けている。

大学院卒業後、アメリカ留学。ロサンジェルスを経てハワイ大学大学院に在籍。帰国後は英会話講師、予備校講師、通信制高校教師を20年務め、約3000人へ英語指導経験あり。見た目はイカついが中身は優しい先生として、多様な生徒からとても慕われた。

2023年に英語コーチング・ドリームキャッチャーを立ち上げ。英語で夢を捕まえたい人のサポートを行う。

Service

英語コーチングの英語習熟スピードは
英会話教室の数倍速。

英語コーチングは、あなたのゴールを決めて、そこに到達するための最適な戦略を組み立てていき、英語コーチがサポートすることで英会話スクールの数倍の速さで英語が話せるようになります。
あなたが求める目的やレベル、ライフスタイルに合った学習計画を作成し、伴走者として、あなたと共にゴールまで走り抜きます。
  1. あなた専用のカリキュラム、毎日のフォロー。

    効率的な勉強計画を日々軌道修正しつつ提供。学習進捗状況も随時共有。いつでもメールで質問ができます。

  2. コーチングはオンライン上で完結。時間もフレキシブル。

    コーチングはオンラインで行い、時間も柔軟に設定・変更できます。週末や平日朝・夜も対応しています。

  3. 英語学習の習慣化とモチベーション維持をサポート。

    毎日の英語学習の方法を相談できるコーチングサポート。メンタルサポートも行います。

英語コーチングの流れ

  • 1.英語コーチング体験セッション

    英語コーチングをオンラインで受けているアイコン
  • 2.お申し込み

    申し込みのアイコン
  • 3.学習プラン作成と教材選定

    教材のアイコン
  • 4.初回セッション(60~90分)

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  • 5.学習開始と日々のサポート

    日々のサポートを受けているアイコン
  • 6.週に1回の対面セッション

    英語コーチングの対面セッションを受けているアイコン

コーチングおよびその他のやり取りは、すべてオンライン上で行います。
必要に応じてテスト、部分的な文法指導、英会話練習等も行います。

体験セッションのご予約・お問い合わせは、お気軽にどうぞ!

Customer's Voice

英語への一歩が踏み出せた。

勉強恐怖でしたが、ほめてくれるコーチがいるのは何よりモチベーションが上がり、ちょっとしたプレッシャーも、怠け者の私には良かったです。 40代女性

やればできる!自信がついた。

語学学習は継続が全てだと思うのですが、教材の選び方から週時の勉強のペース配分など、1人ではやり切れない所をとてもサポートしてもらいました。 40代男性

英語を学ぶ理由に真っ直ぐ。

「100日で英語脳」をイメージにスタート。期間中に得た感覚が終了後も自分に生き、色々なことにチャレンジできる行動力をもたらしてくれています。 40代女性

体験セッションのご予約・お問い合わせは、お気軽にどうぞ!

News

  • ホームページ公開

  • 英語学習コーチングDreamCatcherサービス開始

My Story

Door is always open.
〜僕が英語を学んだわけ〜

「ここは一体、どこだ?」ラピッドシティ空港に降り立った僕は衝撃を受けた。

こんな広い空、生まれて初めて見た。360度、地平線しかない。そこには空と大地があるだけだった。1994年6月 当時20歳、 僕の初めてのアメリカ。摩天楼もハリウッドも無かった。そこは中西部、サウスダコタ。地の果てだった。

師匠の松木さんと僕は空港から車で、気の遠くなるような一本道をひたすら走った。目的地まで3時間強。行けども行けども景色は全く変わらなかった。大地と空と一本道。僕の気持ちはずっとワクワクしていた。ホンマ世界は広い!と。

やがて、僕たちはインディアン居留区の中にある。小さな集落にたどり着いた。

そこで1人の大柄で恰幅の良い、40代位の男性が僕たちを出迎えてくれた。彼の名はベン・エルク・イーグル。アメリカインディアン、ラコタ族の人だった。みんな、彼のことをベンジーと呼んでいた。包み込むような柔らかい笑顔が印象的だった。

松木さんと僕は2週間、彼の家にお世話になった。師匠とベンジーはまるで兄弟のようだった。お互いをブラザーと呼び合う位に。

当時、僕はほとんど英語が話せなかったし、ベンジーが言っていることもほとんどわからなかった。それでもベンは心優しく、いつもニコニコと笑顔でそんな若者にもいっぱい関わってくれた。まるで息子に接するように。

僕は英語が話せればよかったのにと、初めて思った。あっという間に2週間が過ぎ、別れ際にベンは僕にこう言ってくれた。

This is your home in the U.S.
ここは君のアメリカの家だよ。
Door is always open.
ドアはいつも開いてるからね。

僕は胸が熱くなった。こんな心優しい人と初めて出会った気がした。けど英語が話せなかったことが、めっちゃ悔しかった。ベンジーともっともっと話したい。そして、もっともっと彼やラコタの人たちのことを知りたい。英語が話せるようになって、絶対にまたここへ来る!僕はその時、そう自分に誓った。

帰国後、僕は人生で初めて真剣に英語を勉強し始めた。ベンと話すために。そして就職はせずに、自由な時間が得られる大学院に進んだ。ベンジーに会いに行くために。

初めての渡米から2年後、1996年8月。22歳の僕は単独でここへ戻ってきた。もちろん、前よりも少しは英語がしゃべれるようになって。今度はあの長い長い道のりを、1人でレンタカーを運転した。本当にたどり着けるか不安で不安で仕方なかったが、地理感覚の良いことが幸いし、迷わずベンの家に僕は着いた。そして、本当にドアは開いていた。

Welcome home, Koichi!
コウイチ、おかえり!

ベンジーは笑顔で僕を迎えてくれた。少し英語が話せるようになった僕はベンジーとお互いのことを毎晩話し合った。そして僕たちは、まるで仲の良い親子のようになった。

英語が話せること。それは、僕にもう一人の父を与えてくれた。より多くの人たちと関わり、学ぶことができた。そして、僕の人生をとても豊かにしてくれた。

それは、僕の心の1番深いところで、熾火のように静かに燃え続けていた、小さな火だ。

僕の心の深いところには、この物語がある。

そして今、英語を学びたいあなたの心に、火を灯せることを願っている。

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